2008-10-12

大論文:大井川鐵道の実力

世の中はつまるところクォークで構成されていると物理学者は言うが、実はそうではない。
世の中というものはつまるところ「地味」と「派手」で構成されている。
例えば、

⇒ハマコーは派手で、福田前首相は地味
⇒麦酒は派手で、日本酒は地味。
⇒名古屋市は派手で、岐阜市は地味
⇒エアコンは派手で、扇風機は地味
⇒クォークは派手で、中間子は地味
⇒ペンションは派手で、民宿は地味

とまあ、このように明確に分類できます。

だんだんこの稿の本旨に近づいてきたわけですが、鉄道に関して先ほどの手法を用いると、例えば、

⇒京急は派手で、天竜浜名湖鉄道は地味
⇒東急は派手で、京成は地味

同じ鉄道会社内でさえも、

⇒名鉄名古屋本線は派手で、故美濃町線は地味

あるいは、

⇒東海道線は派手で、御殿場線は地味

という表現が可能であり、いかに鉄道会社といえども、「世の中は地味と派手で出来ている」という絶対的論理から抗う事は出来ないやに見えます。

しかし、そんな世の中にあって、どちらにも区分できない「地味派手」としか言いようのない存在があります。

大井川鐵道

であります。

蒸気機関車の運行で有名(以前、テレビで「東京」という名前のギャグバンドメンバーが自転車で勝負したのがここの蒸機)な鐵道会社ではあり、その意味では派手っぽいが、同社の真のポイントは実は別にある(この辺から文体が変わるが、小さい事だ気にするな)。

もしあんたが静岡近辺に住んでて、且つそこそこに鉄分が高く、その上関西に行く事なく近鉄・南海・京阪等に乗りたいと思っている(変人)なら、万難を排し今すぐ席を蹴って新金谷駅に飛べ!

ここがポイント。

同社は全国各地に散らばる鉄道各社から、それぞれの会社により「役立たず」の烙印を押され、無惨にも叩き出された地味な老朽車両を買いあさり整備し、その上あろうことか自社の路線上を走らせるという派手な離れ業をやってのけているのだ。

生半可な知識しかなく人の心が何も解っていないハンパな鉄野郎は、
「自社で新造車両を作る資金がないからだよ」
等と評論家風情でのたまうが、ガキだな。

わかってねえなあ全く。

そうではなく、同社は「求道者」として老朽車両を買い「求道者」として我が鉄路に走らせている。
それが大井川鐵道であります。

すなわち、同社がとる「老朽車両を買い、そして走らせる」という行動の理由に、経済という世俗的で生臭い理由は全く介在しないのです。
言い換えれば、もはや「趣味」であります。
エンスーで崇高な趣味であります。

法人の絶対的存在意義として自らを、
「単なる趣味として他社の老朽車両を走らせる会社」
と定義づけているのに間違いありません。

我が社は別に客を集めているわけではないのだ、単に自らの趣味として車両を走らせているのに過ぎないのだ、と同社は声を大にして言いたいのに違いありません。

同社のこうした主張にも関わらず、同社の車両に人間が乗っている所がしばしば目撃されていますが、何故でしょうか?
それは決して「客」などという経済的存在ではなく、「同好の士」と言う名前の崇高な趣味人というのが答えです。

冒頭述べた通り、同社は蒸気機関車を通常ダイヤで走らせている事で有名です。
しかしそれは、
「蒸機を買って走らせて一山当てよう」
というのが理由ではなく、
「どこかで古くて良さげな車両を売っているという風の噂を聞きつけた同社が辛抱たまらず買ってみたら、それがたまたま蒸機だった」
というのが真相であります。
そういう意味で、同社にとっては元近鉄の車両・元南海の車両・元京阪の車両・蒸機、というのは全く同位の存在価値でしかなく、蒸機を通常ダイヤで走らせている理由もそこにあります。

近鉄車両には、いまだ「スペイン村」のステッカーがボディに貼ってあります。
例えば8両編成を2両にする等の、運行に最低限必要な改修は行うが、それ以外は出来るだけ原型をとどめて走らせる、という同社の趣味指向を考えれば当然の事であります。
しかし、大井川のほとりの山奥に「スペイン村」のステッカー。
身悶える程のアンマッチさ。
こういうのは私、大好きだ。

一方、京阪特急車両からは残念な事にテレビは撤去されております。
これは全く頂けません。
現状のままとどめ、テレビを装備した状態で走らせてほしかった。
テレビのスクリーンに映るのがサンテレビの「阪神巨人戦」ではなく「砂の嵐」であっても、それは全く構わない。
近鉄車両のボディには必ずスペイン村のステッカーが貼付されているのと同じく、京阪特急には必ずテレビが装備されている、というのが正しい姿なのだから。

京阪車両と近鉄車両が鄙びた山奥の駅で交換する…
川根温泉に浸かりながら、かつて南海高野線を快走した草色塗装の老朽車両が鉄橋をのんびり通過するのを眺める…
新金谷駅でタブレットの交換を目の当たりにする…
鉄にとっては至福の白昼夢でありましょう。

また一方、寸又峡へ通じる平均1.5車線、最狭1.0車線の狭い県道に、自社の大型観光バスを数台連ねて無理矢理走らせるというブレンバスター並みの荒技を臆面となく繰り出すという派手さも、同社の売りであろう(わたしはそれに嵌って、泣きながら何十メートルかシビアな道をバックした事がある)。

地味派手な存在、哲学としての存在、大井川鐵道は永遠に不滅であります


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